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林業の歴史を学ぼう!

信州・木曽地域の
林業の歴史を辿ってみませんか

「木曾路はすべて山の中である」―
文豪・島崎藤村の小説「夜明け前」の冒頭の有名な一節です。
長野県の南西部に位置し、中央アルプスと御嶽山系に挟まれた木曽地域は、
ヒノキをはじめとした美しい森林に覆われた山々に囲まれ、面積の9割以上を森林が占めています。
この地域では、豊かな森林資源を活かして、古くから林業が盛んに行われてきました。
今も、かつてこの地域で行われてきた林業の姿を垣間見ることのできる資料が各地に残っています。

木曽の林業の歴史

1590

(天正13年)

豊臣時代

豊臣秀吉は、それまでの木曽領主の木曽義昌を追放し、配下の石川光吉犬山城主を代官として、木曽全域を自らの蔵入地(直轄地)として支配した。

1600

(慶長5年)

家康時代

関ヶ原合戦後、徳川家康は、木曽義昌旧臣の山村道祐を木曽代官に任じて木曽の山・川支配をゆだね、江戸城などの建設に備えた。

1615

(元和元年)

尾張藩時代

家康が子の義直に加封し、尾張領となる。江戸時代初期の城郭・城下町などの建設に伴う過大な木材需要は、木曽の森林資源を荒廃させていった。そこで尾張藩は1665年に留山(とめやま)制度を敷き、ヒノキをはじめとする「木曽五木」等の伐採を禁止した。
この制度は、「木一本、首ひとつ」と例えられるほど厳しいものだった。

1871

(明治4年)

官有林(官林)

明治2年の版籍奉還により、それまで各藩が所有していた藩有林が明治政府により官有林に編入され、木曽の美林もほとんど全部が編入された。

1889

(明治22年)

御料林

木曽官林は皇室所有の御料林となり、明治23年には代々受け継がれるべき世伝御料林とされ、宮内省御料局(明治41年帝室林野管理局。大正13年帝室林野局と改称)の管理経営するところとなった。

1947

(昭和22年)

国有林

昭和22年帝室財産の解体令により、他地方の御料林とともに国有林に移管され、林野庁の長野営林局管内の木曽各営林署の経営となった。

みんな知ってる?

木曽五木(きそごぼく)

檜(ヒノキ)

ヒノキ

木曽のヒノキは、日本の木材の中で最も優秀なものの一つとされます。材は密で香りと光沢があり、とても堅く、腐朽にもよく耐えます。

椹(サワラ)

サワラ

日陰に強く、沢地などでも幹を直立させよく育ちます。水気に強いので、家具や建具のほか、桶の材料になります。

鼠子(ネズコ)

ネズコ

富山県の黒部渓谷に多いことから、「クロベ」という別名もあります。木材には独特の香りがあり、黒褐色の光沢があります。建具や下駄などに使われます。

明日檜(アスナロ)

アスナロ

別名ヒバ。日陰にとても強く、よく生長します。木材は水に強く、船の材料などに使われます。名前の由来は「明日ヒノキになろう」というところから。

高野槇(コウヤマキ)

コウヤマキ

和歌山県の高野山によく見られるのが名前の由来。一属一種で、日本特産の樹木です。木材は水に強く、船や桶などに使われます。

もっと林業の歴史を知る

木曽を巡って、林業の歴史や昔の人々の暮らしに
想いをはせてみてはいかがでしょうか。

パンフレットイメージ
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